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2007年5月

2007年5月18日 (金)

わかりやすく妹で言うと・・・メイドで幼なじみで獣人で触手!

本ブログの注釈です。本文が蛇足なのでメタ蛇足だ(笑

■鈴城芹『看板娘はさしおさえ』(芳文社、2006-)

「早潮質店」の看板娘の小絵が、赤地に白で名前を書く、という一発ネタから、だんだんキャラが増え、かつネタがマニアックになる、という、『きらら』系の4コマに典型的なパターンで進行してます。いや好きなんですけどね(笑

そういえばこのマンガにも、さりげなくプロレスネタが挟まれてます。それは多分不知火違いだ(笑

#ちなみに、「わかりやすく妹でいうと~」は『百合星人ナオコサン』1巻62頁。

『きらら』系のマンガといえば、この間のコミティアで、太田虎一郎さんの『かるき戦線』の2巻が同人で売っててびっくりしました。良いマンガなのに・・・。

■なかせよしみさん(まるちぷるCAFE)

『でもくらちゃん』シリーズは絶品だと思います・・・あ、何の説明にもなってないや(笑

■メイド喫茶

いや、本当に行ったことないのですよ。なんかタイミングを逸してしまったというか・・・こんなことなら『ゲーマーズ』にあったときに行っておけばよかった(笑

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2007年5月 6日 (日)

「これがWNF(ワールドネコミミフェデレーション)のやり方か――!?」

本ブログの注釈です。なお、本ブログは内容が不適切だったので撤回するつもりでしたが、関係の方にご寛恕いただきましたので、一応残すことにしました。詳細は以下。

■高雄右京『天然家族みにっつめいど』(幻冬舎コミックス、2005-)

ヒロインの吉祥寺たまがネコミミである理由として、当初「ヒューニマル」という概念で、「人類の種としての寿命」云々、という説明がなされており、たまの後に創られたネコミミヒューニマルの新菜=バイエルンとの葛藤とかもあったりしたのですが・・・タイトルに引用した台詞は、中学校に進学して生徒会執行部に入った新菜が、総合格闘技部の設立の査定試合の際執行部側のメンバーとして<地獄の黒猫宅配便>ブラック=ネコミミマスクに扮して登場し、総合格闘技部側のメンバーのネコミミマスクのマスクを剥いで反則負けを取られた際のものです。この説明だけ読んでもわけわからんと思いますが(笑

ちなみに越中ネタは3巻141頁(「もしも新菜がキャラチェンジしたら」)。残念ながら永田からIWGPは取れませんでしたが、良い試合でした。サムライドライバー84は良い角度で決まったのですが・・・。

■「言語論的転回(linguistic turn)」

ここのところの論理展開が強引に過ぎるという点については、「新春メイドさん放談2007」の鼎談参加者のお一人である、墨東公安委員会さまに適切にご指摘いただきました。関係する皆様に御迷惑をおかけしたことを、改めて深くお詫び申し上げます。

・・・この注釈ブログにて過去言及しましたが、上記鼎談についての一連のコメントにオチをつけるにあたって、ロラン・バルトに引っ掛けて「言語論的転回」を字義通り受け止めた場合、という状況を持ってこようかな、と考えておりました。本ブログでイラストがプロレスネタなのは、たまたまチャンピオンカーニバルを見に行ったから、というのもありますが、バルトの「レッスルする世界」(『神話作用』現代思潮新社、1967所収・・・この版は誤訳が指摘されており、『現代社会の神話』(著作集3巻)所収の「プロレスする世界」の方が適切です)を想起してほしい、という意味合いだったりします(どれくらいの人に伝わるかどうかは別として(笑))。

一応、参照を求めている、イッガースの『20世紀の歴史学』(晃洋書房、1996)から引用します。

ここで、私たちは構造主義的な社会理論と歴史理論の核心を形成する思想にぶつかる。それは、人間は構造の枠内(この場合は言語的構造の枠内)で行動するが、この構造を自分で規定することができず、逆に構造に規定されるとの考え方である。この考え方は文学理論にも影響を及ぼした。それはアメリカでは1950年代(とそれ以降)の『ニュー・クリティシズム』の理論のなかに、フランスではロラン・バルトからジャック・デリダにいたる一連の論争のなかに確認できる。そこに生まれたのは、テクストは、外界に対し何の対応関係をもたず、それ自体が完結しているとの考え方である。私たちにとって問題なのは、このことが文学のテクストだけでなく、歴史学のテクストにも妥当するとされたことである。もしも『テクストが現実に対し何ら直接の対応をもたない』ということになると、バルトが強調するように、真理と創作の間の区別は成立しなくなる。テクストが外界に対する関係から独立して考察されるばかりでない。テクストはその執筆者からも分離独立してしまう。問題の核心はテクストそれ自体のなかにあり、テクストが成立した背景などは問題にもならない」(113-114頁、漢数字はアラビア数字に改めました)

この種の考え方は、言うまでもなく非常に極端なもので、イッガース自身も「日本語版へのあとがき」の中で「結局のところ、この意味における歴史叙述は存在することができないと言ってよい。なぜならば歴史叙述の目的は認識することにあるからだ。たとえ、歴史家が文学的な形態で叙述したとしても、その叙述は文学とはまた異なるものなのであり、その内容はあくまで史料に写し出された史的現実に対応していなければならない」と述べています(136頁)。

また、文学の立場からも、以下のような指摘がなされています。

文学の研究者あるいは批評家の集まりを解釈共同体と呼ぶとするならば、それはフィクションも事実も有効な対象として迎え入れる姿勢をもつのに対して、歴史家がつくりあげるのは事実共同体とも称すべきものである。そこには、事実と組み合わされた真実は迎え入れられるのに対して、嘘と同一視されたフィクションは決して参入を認められない仕組みになっている。『歴史の事実は決して<純粋なかたちで>われわれに届くことはない。それが純粋なかたちで存在することはないし、存在し得ないのだから。それは記録者の精神を通過するうちに必ず屈折してしまう』という主張が、すでにE・H・カーによってなされているにもかかわらず、その屈折は史料批判の手続きによって修正できるとされてしまうのである。歴史学者はフィクションと屈折をそぎ落として、可能なかぎり純粋なかたちの歴史の事実に立ち戻ろうとするし、歴史の真実をそこから洞察しようとする。『歴史の真実はそこにある。われわれにはそこに辿りつく用意が十分にできていないのだ』」(富山太佳夫「歴史記述はどこまで文学か」(『岩波講座文学9 フィクションか歴史か』岩波書店、2002所収)、26-27頁)

というわけで、文学と歴史学の方法論的峻別、上掲論文の表現を借りれば「歴史と文学の腐れ縁とでも言うべきもの」は「とっくに切れているはず」(17頁)ということを前提として、敢えて、バルト的なテクスト論を「メイドさん」の創作へと接続するとどうなるか、ということを思考実験として書き連ねてみたわけなのですが、本ブログだけを読むと、あたかも鼎談の参加者の方々が「創作の価値を考証に求めたり、歴史家たらんことを同時に求めるようなことをしている」と批判しているかのように読めるのは間違いのないところです。重ねて、お詫び申し上げます。

※今後の誤解を避けるために、本ブログのヘッダーに、文語の「批評」的文章を真に受けないでいただきたい旨の注釈を附しておきました。

・・・ちなみに、なぜ私が創作の「メイドさん」を書かないのか、ということの理由は、きわめて単純に「才能がないから」です(笑

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