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2008年3月

2008年3月24日 (月)

「然し、入口の扉を中心にして、水星と金星の軌道半径を描くと、その中では、他殺の凡ゆる証拠が消えてしまふのです」「そーなのかー」(光は東方より・14)

本ブログの注釈です。しかしタイトル長いな(笑

■ルーミア

『東方紅魔郷』の1面ボス。しかし、「夜しか活動しない人は取って食べてもいい」という霊夢の言い分もどうかと思うのですが・・・このころの神主のセンスには、良い意味で常軌を逸したものがありますね(笑

ちなみにタイトルは小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、あとの二つの類例は、中井英夫『虚無への供物』、夢野久作『ドグラ・マグラ』からの引用です。

■「アホの子」

この後本ブログで何回か語っているのですが(これとかこれとか)、巷間言われている「アホの子」の類型は、どうも私のアンテナには引っかかってこないようです。

ちなみに「ネットの噂では」は『電脳コイル』の各エピソードの冒頭でしばしば使われたフレーズ。先日ムックが出たので『とらのあな』で購入しました・・・『電脳コイル』の話はまたいずれしたいと思います。

#せっかくなので、その長大さをして他者を唖然とさせた当日のレシートから、一緒に購入したコミック一覧:石黒正数『それでも街は廻っている』4巻、同『ネムルバカ』、カラスヤサトシ『カラスヤサトシ』3巻、同『萌道』、山名沢湖『つぶらら』3巻、柏原麻実『宙のまにまに』4巻、桜場コハル『みなみけ』5巻、今川泰宏・戸田泰成『ジャイアントロボ』3巻、和六里ハル『きんのたまご』、小林尽『SchoolRumble』20巻、同『夏のあらし!』3巻、井上和郎『あいこら』11巻、椎名高志『絶対可憐チルドレン』12巻、安部真弘『侵略!イカ娘』1巻、小島アジコ・仁『となりの801ちゃん』1巻、それと『MCあくしず』vol.7・・・上記ムックと併せて計11,090円。ちなみにとらのポイントは現在29,968ポイント(笑

##当日車中で読んでいたのは、折原浩『マックス・ヴェーバーにとって社会学とは何か』だったですけどね(泣

■『つよきす』

アニメ版でしか見ていないのですが、確信犯的な遊び心がなかなか面白かったです・・・アイキャッチの入り方とか、なかなか良いと思ったのですが、原作とは結構違う設定だったのですね。このあたりの操作はいろいろ議論があるところでしょうが、私は、それぞれ別個に愉しめれば良いのかなあ、と思っています。

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2008年3月13日 (木)

Otaku from Anoter Planet

本ブログの注釈です。

■『天元突破グレンラガン』

後ほど本ブログで取り上げてしまいましたのでアレなんですが、古典的な方法論を、あるいはパロディという手法を用いる際に、「これは古典的/パロディなのだ」と銘記しないといけない時代が来ているのかもなあ、と、漠然と思ったりはします・・・これがおそらく、岡田斗司夫さんが言うような「オタクの死」なのでしょうね。

・・・かつてオタクと呼ばれる文化に存在したストイシズム、「わたしはまだまだオタクと言えない」「オタクの濃さが足りないと思います」というようなのが、5年、とは言わない、10年ぐらいまえのオタクの概念、オタク界におけるオタクの概念ですね。いやぁ、まだまだ俺なんか、オタクとは言えないですよ、と、みなさんのなかにもまだその感覚を持ってるひともいると思うんですけど、それがいつのまにか、「萌えがわかればオタクだ」と言われるようになった。いま萌えがオタクだ、だから、「萌えがわからない」と自称する岡田斗司夫はオタクじゃない、という論法が、まかりとおるようになった。わかりやすさでSFが滅びたとしたら、オタクという世界にも「萌え」というわかりやすさがはびこっている。それはしだいに「わかりやすい」以外のものを排除しはじめる。オタクって言うんなら、ミリタリーのこともわかっているのかとか、鉄道のこともわかっているのかとかいう、全体としてしなくちゃいけない、オタクの必要な教養としてしなくちゃいけないことをどんどん排除して、「俺がいま好きなものがいい」というふうになっていった。これが、SF界が滅びた感じと、いまのオタク界がすごい似ているところなんですね」(岡田斗司夫『オタク・イズ・デッド』ロケット野郎、2006、68頁:改行は省略し、漢数字はアラビア数字で表記しました)

■大野さんのコスプレ

このイラストのときは当然アニメの第二期は未放映だったのですが、なんというかまあ、誰でも考えるネタなんだなあ、としみじみ思いました・・・「僕にはまだ帰れる場所があるんだ」的な安心が(笑

原作だとオリジナルの(多分。元ネタあるようでしたらご教示ください)格闘ゲームのコスプレだったのですが。

■「この私の恥ずかしい妄想」(all my sick and twisted fantasies)

BLものについては、荻上の話に関連付けて前にも取り上げたことがありますが(コメントで「「柏書房」と「原書房」を間違えてました」とか書いてるのが我ながらバカバカしい(笑))、小島アジコ『となりの801ちゃん』(宙出版、2007-)などが人口に膾炙したことなどをきっかけにしてか、最近いろんな文脈で取り上げられるようになってきているようですね。つい最近では『腐女子刑事』なんてドラマもありました(あまり出来はよくありませんでしたが)。

#初学者の私には、金田淳子「やおい論、明日のためにその2」(『ユリイカ』39巻16号、2007)の「やおい論年表」が有益でした。

##あ、ふじもとせいが描いているので、『らっきー腐女子』(ホビージャパン、2008)は買いましたけど何か(笑

上記した岡田さんの論に引きつけて考えてみたいのですが、私はどうも、コアな趣味を「教養」として愉しんでいる(←ついこの漢字を当ててしまうような)のかなあ、と思ったりします・・・そういえばこのブログ、全然アメリカ旅行の感想を書いてないですが、こういうところもやはり自分のスタンスの反映なのだろうと思いますね。

『げんしけん』の第二期アニメで、朽木君の視点を借りた男性側からの「妄想」と、荻上の視点を借りた女性側からの「妄想」がそれぞれ描かれていましたが、どちらの読み込み方も、私にはどうにも向かないようなのです・・・後者はヨリポストモダン的な、関係性への関心に導かれているのだろうと思うのですが(本ブログでしばしば用いている「萌え四コマ」はこの関心に近いのだろうと思います)、私は実は、そもそもその前提になる(であろう)「キャラ/キャラクター」そのものにあまり関心がないのだろうな、という気がしています。

・・・本ブログで語っている「高燃費」概念は、そういった高踏的なスタンスを揺るがすような要素を抽出できないかなあ、という、いささか自虐的な試みなのですが(笑

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2008年3月 6日 (木)

斧を手にして法廷へ

本ブログの注釈です。少しペースを上げて・・・。

■歴史学研究会編『紛争と訴訟の文化史』(青木書店、2000年)

「シリーズ歴史学の現在」の中の一冊。青木書店、というとランディ・ジョンソンばりの本格左腕、という印象がありますが、いろいろと面白いシリーズものがあるのも確かかなあ、と思ったりします。このシリーズは結構面白いです。

「斧を手にして法廷へ 戦いか訴訟か--中世アイスランドの紛争解決手段」は、ぐぐってみると原著者のページよりも拙ブログの方が上位に来てしまうという非常に申し訳ないコトになってしまっています(笑

■幸村誠『ヴィンランド・サガ』(講談社、2006-)

ちなみに本文中で触れている「4巻の帯」は「アタシいま・・・ドキドキしてるの・・・あんなにも悪い人達がいるなんて・・・」です(笑

■内田弘樹/EXCEL『どくそせん』(イカロス出版、2007)

思わず『黒騎士物語』を買いなおしてしまいました(いや、小林源文さんのマンガって、中高生のとき読むものなので、なんだか手元に無いのですよ)。いろいろとアレなマンガが話題になりましたが、内容は私のようなミリタリ初心者にもわかりやすい、まさに「美少女系独ソ戦解説本の最高峰」と言って差し支えないつくりです・・・それはいったいどこの狂気の山脈か、という気もしますが(笑

■『ひぐらしのなく頃に解』

最近、ちょっとしたついでがあったので、コミックス版をまとめて購入して一気に読みました。結構健闘してるかなあ、という印象ですが、一番可笑しいのがカバー裏なのはどの巻も変わりません・・・ああ、あと作者のコメントですね(笑

どうでも良いですが、羽入のキャラソンはやっぱり買いですか?

■『撲殺天使ドクロちゃん』

申し訳ないことに原作(小説版)は読んだことが無いのですが、アニメ版は抱腹絶倒の出来でした(とくにサバトちゃん)。よく地上波で流したなあコレ、というのが率直な印象です(笑

ちなみに斉藤環さんのコメントは以下の通り。

斉藤 ・・・この著者〔伊藤剛〕にはフロイトフォビアないしはラカンフォビアがあると思うんですね。言いかえると「ラカン萌え」ということなんですけど(笑)。どういうことかと言いますと、論の進めかたが全体的にシステム論寄りなのはいいんですけど、精神分析に話題が関わってくると論点先取的に「精神分析ではきっとこう言うのだろう」とか言ってしまう。その否認の身振りを含め、この本の全体的な流れは非常に精神分析的だと思いました。特に、最後の「手塚治虫という『円環』の外へ」というところは、手続きが実に精神分析的です。まず「手塚治虫」という固有名が起源にあって、その隠蔽を解除するというところで手塚のトラウマから解放される、そういう手続きに見えるわけです。これを精神分析的にやればすごくすっきりやれるのに、なぜかそれを否認して非常に無駄の多いシステム論としてやっているので、わかりにくくなっている。好きなくせになぜ嫌うのかがわからない。まあ、そこが伊藤さんのいわゆる「小悪魔受け」属性なところなんだと思いますけど(笑)。〔中略〕・・・たしかに「キャラ/キャラクター」の区別は重要で、ライトノベルの話がさっき出たので言いますと、私は『撲殺天使ドクロちゃん』という作品が非常に画期的だと思っていて、これは主人公の男の子が撲殺天使に何度も殺される、細胞レベルまで分解されては再生されるというすごい話で、でも、これが可能なのはキャラの世界の話だからです。(『コンテンツの思想』146-148頁)

・・・そういや、コメントいただいた頭文字Oさんの「グレン・ラカン」というネタ振りに当初気付かずにスルーしてしまったのは痛恨でした。気付いたときにはタイミングを逸してしまっていて・・・申しわけない限り。

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2008年3月 4日 (火)

「今日のあたしはすっちぃだもの(はあと)」

本ブログの注釈です。

■伊藤明弘『ジオブリーダーズ』

姫萩さんの「今日のあたしは~」は2巻183頁、「牛丼の柾!」は8巻179頁。ちなみに「畳の目の跡がつく感じの質感」は7巻139頁・・・そういえばこの作品も、幕間はみんなで銭湯、という約束ごとがあるんだった(笑

OVAの話題が本文でありますが、OVAのエピソードも織り込み済みで話が進むので、より一層混乱します。マンガだけ読んでると、なんで成沢さんが重要人物なのかさっぱりわからんと思うのですが・・・いずれにせよ、マンガとしては確信犯的に不親切なので、というか、銃器が描きたいからとかそういう理由で描かれている節があるので、これはもう仕様と思うしかないかなあ、と(笑

■ドラマ視聴について

あんまり録画してまで通常の時間帯のドラマを見ることは無いので、9~10時代のものはかなり偶然性に左右されます。ああでも、深田恭子が出ているものは結構チェックしますね(深夜枠ですが、今期だと『未来講師めぐる』とか)・・・食べっぷりが良いからかも知れません(笑

本文で触れている形で今期なんとなく見てるのは『鹿男あをによし』ですかね。わりと映像としては面白いと思います。エンディングテーマが無駄に壮大です(笑

ああ、それから、録画はしてませんが深夜にいくつか見てますね。『栞と紙魚子の怪奇事件簿』は、最初いったいどうなることかと思いましたが、今はわりと面白いです。

■「低脂肪乳」

かつて話題にしましたが(コメント欄参照)、確か『ゲーメスト』かなにかのナコルルのパロディマンガが典拠です・・・なので、どれくらい一般性のある用語法かどうかは当然わかりません。

・・・これが、本ブログで述べている「高燃費」とどれくらいの連関があるかが現在の検討課題でしょうか(笑

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